マーケティング コラムDX

DX特集⑤:組織は人なり~DX時代における人材育成~

DX
2023.03.09

目次

はじめに

DXは、ITによって企業のあり方が変わり、仕事のやり方、働き方も変わりますが、それを推進するのは結局、社員一人ひとりの「人」となります。DXに適応し、DXを発展させるような、組織に貢献する「人」をどのように育ててゆくのか、今回は、「DX人材育成」についてお話しします。

1.DXを実行する「人」を育てる

DXを実行・推進するのは「人」です。機械やコンピュータではありません。経営的側面でのDXには、前回コラムで紹介した「デジタルガバナンス・コード2.0」「DX推進指標」のそれぞれに取り上げられている「人材育成」も含まれます。そして、そのような人材が企業文化を創り上げて行くことになります。

人材育成とは、企業にとっては、業務の質を向上させ、経営目標を達成し、利益をもたらすアイデアや技能を持つスキルを社員につけさせることです。それは、個人にとっても、自分の価値を高め、社内での登用の道を開き、場合によっては、別の活躍の場を見出すことにつながります(その活躍の場が別企業となると人材流出になってしまうため、ここは経営者にとって悩ましいところかもしれませんが)。

1.1 人材育成の目指すところ:マインドセットの醸成

人材育成の要素としては「研修」「伝承」「自己啓発」を通じた「技術の習得」など挙げられますが、それが組織側からの強制にならいように注意する必要があります。

本連載第四回の記事で、経営者の役割として「DXのビジョンを立て、それを社内のマインドセットを醸成する目的で社内に流布」することがあると述べましたが、組織のDXに推進力を持たせるには、社員一人ひとりの「マインドセット」も育成の対象となります。それは「自己啓発」の動機付けとなり、決められたカリキュラムの時間を単に消化するだけという状態を避けることができます。

この点、アメリカの教育学者・哲学者でプラグマティズム(実用主義)の権威であるジョン・デューイ(John Dewey)は、その著書「民主主義と教育」の「第十三章 教授法の本質」の中で、生徒に培わせるべき「開かれた心(open-mindedness)」について以下のような言葉を残しています。

『心が開かれているということは、解決する必要のある情況を解明し、あれやこれやの仕方で行動した結果を決定するのを助けるような考慮をどんなものでもことごとく容易に受け容れることのできる心の状態を意味するのである。』
(『民主主義と教育』(1916年)デューイ著、松野安男訳、岩波文庫)

これは、受容性のあるマインドセット(開かれた心)を作り上げることが教育の一つの目的であることを示していると解釈することができるでしょう。

これをDXの教育に適用すれば、「ITの技術の進展に敏感で、それらの習得に自ら取り組もうとする意欲を持ち、学んだことに基づいて、既存のやり方に捕らわれずに新たな価値を作り出そうとする、柔軟で積極的なマインドセットを研修対象者に持たせること」と言い換えることができるかもしれません。

1.2 対象となる世代を考慮する

変化の激しいIT環境の中で、コンピュータ機器に対する熟達度は世代によって大きく異なります。ミレニアル世代(1981年~1996年に生まれた世代)、Z世代(1996年~2015年に生まれた世代)という言葉を聞きますが、パソコンが普及した時代、インターネットが普及した時代、クラウド環境が当たり前になった昨今では、そのような環境で生活する中で自然に身に着いたITスキルには大きな幅があります。これらのそれぞれに対してカリキュラムを考える必要があります。

しかし、それより前の世代には、そもそもコンピュータとは何か、どのような仕組みで動いているのか、などの初歩的な説明から始める必要があるかもしれません。つまり、カリキュラムを組む時に、それぞれが身に着けている現時点のスキルを適正に判断し、クラスの割り当てを変えるなどの工夫も必要ですし、育成プログラムの目標も変える必要があるかもしれません。

2.「DX白書2023」におけるDX人材育成の考え方

2023年2月9日に情報処理推進機構から「DX白書2023」が公開されました。(https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/dx-2023.html

この第4部が「デジタル時代の人材」となっており、企業でIT人材をどのように育成し企業風土に貢献させることができるかについて次のような説明があります(下線と番号付けは本コラム)。

『DXを推進するためには、全社員がデジタルリテラシーを身に着けるとともに、DXを推進するために自社にどのような役割や専門性を持つ人材が必要となるか、具体的な人材像を設定し、それを社内に周知し、組織として目指す方向性についての共通理解が醸成されることが必要となる。次にその人材像に当てはまる人材を社内から発掘・登用、また社外から獲得し確保をしていくことが必要となる。獲得・確保した人材についてはDXを推進する人材としてのキャリア形成やキャリアサポートの施策を明確にして取組む。またDX推進に必要なスキルを定義して、スキルアップのための育成施策や既存人材の学び直しなどにも取組むことが重要となる。』

(情報処理推進機構「DX白書2023」の「第4部 デジタル時代の人材」からの引用)

ここで人材育成の以下のような手順が分かります。

① 全社員(経営層を含む)がデジタルリテラシーをもつことを目指すこと
② DX推進のための人材像を設定して周知すること
③ そのようなDX人材を確保すること
④ 確保したDX人材のキャリア形成をサポートするために、DX推進に必要なスキルを定義し、育成やリスキリングに取り組むこと

DXを推進するIT技術に関して企業全体としての底上げ(①)、DX推進を実際に担う人への専門的なスキル教育(④)という2つの面でのアプローチが必要であることがここから分かるでしょう。

3.DX人材が習得すべきスキルとは:デジタルスキル標準

教育・研修には対象者と目標が設定されるものですが、DX人材育成の場合、どのようなレベルの対象者を想定して、それぞれの対象者に対してどのようなスキルを習得するよう目標設定する必要があるのでしょうか。

この点で参考になる資料として、2022年12月21日に情報処理推進機構(IPA)から学習や人材育成の指針として「デジタルスキル標準(DSS)」が公開されました。
https://www.ipa.go.jp/jinzai/skill-standard/dss/index.html

そこでは、育成の対象となる人材について次のような説明があります(下線と番号付けは本コラム)。

『企業がDXを実現するには、企業全体として変革への受容性を高める必要があり、企業に所属する一人ひとりがDXの素養を持っている状態、すなわちDXに理解・関心を持ち自分事としてとらえている状態を実現することが不可欠です。さらに、実際に企業がDX戦略を推進するには、関連する専門性をもった人材が活躍することが重要となります。』

(情報処理推進機構「デジタルスキル標準(DSS)」からの引用)

ここからDX人材には2つのレベルがあることが分かります。

① DXの素養を有しているレベル
② DXの専門性を有しているレベル

そして、それぞれにスキル標準として次の2つのレベルが用意されています。

■DXの素養を培うこと(DXに適応し受容できるレベル)
 ⇒DXリテラシー標準(DSS-L)

■DXを実施すること(DXの仕組み実現のためのスキルをもったレベル)

 ⇒DX推進スキル標準(DSS-P):

それぞれの内容を次に示します。

3.1 DXリテラシー標準(DSS-L)

これは、DXの素養をもっているレベルの人材を育成しようというものであり、その目標としては『ビジネスパーソン一人ひとりがDXに関するリテラシーを身につけることで、DXを自分事ととらえ、変革に向けて行動できるようになる』ことであると説明されています。

出典:『デジタルスキル標準(DSS)』紹介ページの『図1 「DXリテラシー標準」の全体像』

その目標に到達するための4つの要素それぞれで学ぶべき内容は次のようなものです。

【1】マインド・スタンス
学習目標は『社会変化の中で新たな価値を生み出すために必要なマインド・スタンスを知り、自身の行動を振り返ることができるようになる』こととなっています。

ここでの学習項目は以下のとおりです。

  • 変化への適応
  • コラボレーション
  • 顧客・ユーザーへの共感
  • 常識にとらわれない発想
  • 反復的なアプローチ
  • 柔軟な意思決定
  • 事実に基づく判断

この課程で、企業/組織は、「新規事業の創出」(顧客起点の価値創造)に必要なマインド・スタンスを定め社員に浸透させるべく、人材育成プログラムの中で、設定されたマインド・スタンスに基づく行動例や方法論を提示することになります。

【2】Why:DXの背景
学習目標は『人々が重視する価値や社会・経済の環境がどのように変化しているかを知っており、DXの重要性を理解している』こととなっています。

ここでの学習項目は以下のとおりです。

  • 社会の変化
  • 顧客価値の変化
  • 競争環境の変化

この課程で、昨今のIT技術やそれに基づく社会の変化、ITを使って解決できる社会的課題の事例を説明することにより、なぜDXが必要なのかが受講者に分かるようにします。

【3】What:DXで活用されるデータ・技術
学習目標は『DX推進の手段としてのデータやデジタル技術に関する最新の情報を知ったうえで、その発展の背景への知識を深めることができる』ようになることとなっています。

ここでの学習項目は「データ」と「デジタル技術」に分けて次のように設定されています。

■データ
 ●社会におけるデータ
 ●データを読む・説明する
 ●データを扱う
 ●データによって判断する

■デジタル技術
 ●AI
 ●クラウド
 ●ハードウェア・ソフトウェア
 ●ネットワーク

この課程では、実際の仕事に関連するツールやサービスなどを事例として提示することにより、データとIT技術についての学びの機会を提供します。

【4】How:データ・技術の利活用
学習目標は『データ・デジタル技術の活用事例を理解し、その実現のための基本的なツールの利用方法を身につけたうえで、留意点などを踏まえて実際に業務で利用できる』ようになることとなっています。

ここでの学習項目は「活用事例・利用方法」と「留意点」に分けて次のように設定されています。

■ 活用事例・利用方法
 ●データ・デジタル技術の活用事例
 ●ツール利用

■ 留意点
 ●セキュリティ
 ●モラル
 ●コンプライアンス

この課程では、Whatで説明したデータやIT技術の活用事例やツールを使った実現手段について、実際にツール操作の講習を行ったり、データやツールを利用する際に起こるかもしれないアクシデントなどの留意点を説明します。

3.2 DX推進スキル標準(DSS-P)

これは、DXの仕組み実現のためのスキルを持った人材を確保するための指針作りの基礎となるものであり、策定のねらいは『DXを推進する人材の役割や習得すべき知識・スキルを示し、それらを育成の仕組みに結び付けることで、リスキリングの促進、実践的な学びの場の創出、能力・スキルの見える化を実現する』こととなっています。

DXを推進する人材としては、次のような主要な5つの人材に類型化されています。

出典:『デジタルスキル標準(DSS)』紹介ページの『図2 「DX推進スキル標準」人材類型の定義』

これら5つの人材を役割で分けて考えると以下のようになるでしょう。

■DXプロデューサ
 ●ビジネスアーキテクト
 ●デザイナー
■DX専門家
 ●データサイエンティスト
 ●ソフトウェアエンジニア
■DXサポート技術者
 ●サイバーセキュリティ

DX推進スキル標準(DSS-P)では、5つの人材それぞれが担う責任、主な業務、スキルや、他の人材類型との連携について定義されており、スキル項目一覧と学習項目例が「共通スキルリスト」として提示されています。

出典:「共通スキルリストExcel版(スキルマッピング、スキル項目一覧、学習項目例一覧)」

企業は、ここで設定されたスキルに基づいた学習項目を参考に、具体的なカリキュラムを含む研修コンテンツを開発することができるでしょう。

4.研修効果の見える化:種々の資格

さて、人材育成に企業が取り組み中で、まず自社がDXを推進するためのどの程度の技術力があるのか知る必要がありますし、研修を実施した後には、社員にどれほどの力が付いたのかを知りたくなります。

そして、対外的にも自社の技術力を示すための何等かの目安となるのが種々提供されている技術資格です。

そのような資格にどのようなものがあるかご紹介しましょう。

4.1 一般的なIT技術資格

DXに特化したものではありませんが、情報処理推進機構では、1969年の「第一種情報処理技術者試験」「第二種情報処理技術者試験」に始まり、形を変えながらITに関する様々な試験を実施しています。(https://www.jitec.ipa.go.jp/1_11seido/seido_gaiyo.html

現在は、IT利用者としての知識を問うレベルの「ITパスポート試験」「情報セキュリティマネジメント試験」があります。

IT専門家としての知識を問うレベルは多岐に亘り、「基本情報技術者試験」「応用情報技術者試験」「ITストラテジスト試験」「システムアーキテクト試験」「プロジェクトマネージャ試験」「ネットワークスペシャリスト試験」「データベーススペシャリスト試験」「エンベデッドシステムスペシャリスト試験」「ITサービスマネージャ試験」「システム監査技術者試験」「情報処理安全確保支援士試験」があります。

4.2 AI・ディープラーニングなどの資格

進歩的なDX実現に重要なAI・ディープラーニングに関する資格としては、以下のものがあります。

■G検定
一般社団法人日本ディープラーニング協会
ユーザーとしてディープラーニングの基礎知識をもち、それを活用する能力や知があるかを検定する資格です。

■ E資格
一般社団法人日本ディープラーニング協会
ディープラーニングの理論を理解して、それを実装する能力や知識があるかを認定する資格です。

■ データサイエンティスト検定リテラシーレベル
一般社団法人データサイエンティスト協会

これは、データサイエンティスト初学者向けの認定資格であり、数理、データサイエンス、AIを理解していることを認定する資格です。

※データサイエンティスト協会ではデータサイエンティストの「スキルチェックリスト ver.4」も公開しており、前出の「デジタルスキル標準(DSS)」においても、その「共通スキルリスト」の「データ活用」カテゴリーとの対応について説明されています。
https://www.datascientist.or.jp/common/docs/skillcheck_ver4.00_simple.xlsx

このように、IT全般やDXに関する資格は、企業として社員がどれほどのレベルの知識を持っているかを知る目安として用いることができるでしょう。ただし、これらを取得することが目的ではなくて、あくまでも一つの過程であることを忘れないようにしましょう。

まとめ

今回は、DXを推進させるための「人」の育成について考えました。この「人」には、技術者だけでなく、営業担当者、経営層を含めた全社員が関係していることが分かったと思います。今後、技術が進歩する中で、顧客側も相当な勉強をしているはずです。顧客との話し合いの中で、先方の話について行けなくなるとすれば、仕事をもらうことは期待できません。

本連載コラムでのDXの対象は「企業/組織の変革」であると設定しましたが、その中で行うべき事項として「業務の変革」(業務改善、業績向上)、「新規事業の創出」(顧客起点の価値創造)を挙げました。デジタルスキル標準などを参考に、これらを実現するための教育研修体系の計画づくりが大切です。今から取り組みたいものです。

また、学習は継続的なものであり、その推進力となるのが社員一人ひとりの「マインドセット」です。その醸成を目指し、自分たちの描く企業風土・文化のDNAが、社内の様々な職種、年代、技術レベルの人々すべてに根付くようにしましょう。