マーケティング コラムDX

DX特集③:先端技術を使って2025年の崖に橋をかけよう:クラウド、データサイエンスが切り拓く新しい世界へ

DX
2023.01.20

目次

はじめに

今回は、最先端の技術であるクラウド、そして、AIを含むデータサイエンスなどを使って将来を見据えたシステムの新しいアーキテクチャの構築や新サービスの創出によってDXを推進できるという話です。

DXが日本で騒がれるようになったきっかけの一つに「2025年の崖」問題がありました。これは、企業の販売管理、財務管理、人事管理、給与管理、在庫購買管理、生産管理などの基幹情報を扱う主力製品であるSAP ERPのサポートが2025年に切れる(その後2027年に延長された)というもので、企業運営に影響を与える大きな課題として捉えられました。

さらに、2022年に入ってからは、日本の大手コンピュータ企業がメインフレーム・コンピュータ(大型計算機)の製造・販売を2030年度に終了する(保守は2035年まで)というニュースが国内に大きく駆け巡りました。

このように今、各企業はソフトウェアとハードウェアの2つの観点でレガシーシステムからの脱却を急がなければならない待った無しの状況に置かれています。

そこで今回は、レガシーシステム刷新の取り組みである「モダナイゼーション(Modernization)」を入口にして話を始め、その流れの中で、単にコンピュータハードウェアの別機種への買い替えやソフトウェアの別製品への移行ではなく、「クラウドコンピューティング(クラウド)」という昨今利用が急速に広がっているコンピュータ利用環境について説明します。そしてその後、AIを含む「データサイエンス」が、旧来無かった新しい製品やサービスを生み出す原動力となることを説明します。

1.レガシーシステムを刷新せよ:モダナイゼーションへの取り組み

これまで企業の経営を支える基幹システムとしてメインフレームなどで構築された巨大で複雑なアプリケーションも、ITの進展に合わせて姿を変えなければなりません。そのようなハードウェアやソフトウェアは、いずれ旧式のものとなり使えなくなるからです。このようなレガシーシステムの刷新は「モダナイゼーション(Modernization)」と呼ばれます。

モダナイゼーションの内容はそれに取り組む企業やサービスを提供するベンダーによって少し異なる場合がありますが、主にメインフレームで構築されたレガシーシステムからの脱却という観点では、一般に以下の3つに大別されます。

① リホスト(マシンの移行)
主にメインフレーム上で動き、事務処理系の古いプログラム言語COBOLなどで開発されたソフトウェアをそのままUNIXサーバーやWindowsサーバーを搭載したマシン(クラウド上を含む)と言った新しいプラットフォーム上で動かせるようにすること

② リライト(ソフトウェアのマイグレーション)
COBOLなどで開発されたソフトウェアを、新しいプログラミング言語(JavaやC#など)で書き換え、最新のOS環境で動かせるようにすること

③ リビルド(システムの再構築)

システムを全面的に設計し直し、プログラムもすべてを作り直すこと。このとき、過去の資産として引き継ぐ必要のあるデータは、新システムで使えるよう変換する必要がある(恐らくそのような過去のデータは標準フォーマットにはなっていなことが推察されるため)

これらの方策それぞれがシステムにどのような影響を与えるかは、それを行う企業にとっての作業負荷とコスト負担とも関係があり一概に言うことができないところもあるので、イメージをつかんでいただくため、それぞれの方策とソフトウェアやデータとの関係を下の表にまとめます。

ソフトウェアデータ
リホストそのまま使うそのまま使う
リライト処理の流れ(ロジック)はそのままで、最新のプログラミング言語で書き換えそのまま使う
リビルド設計からやり直し、プログラムも書き直し(もちろん最新のプログラミング言語を使用)新仕様に合わせた変換が必要

これらのうちどれを採用するかは、目先のコストだけではなく、将来的な世の中のIT環境の大変化の中で生き残るには今何をなすべきかという視点での検討が必要でしょう。これをDX実現による新しい経営・新しい技術へ脱皮する契機としたいものです。

その一つの鍵となるのが、この記事の主要トピックの1つ目となる「クラウド」です。

2. クラウドがもたらすコンピュータ―利用環境の大変革

2.1 クラウドとは

「クラウド」は、「クラウドコンピューティング(Cloud Computing)」の通称で、インターネット経由で、その先にあるコンピュータ(サーバー)で動くソフトウェアやそこにあるデータを使うコンピュータ利用環境やサービスを指して使う言葉です。

コンピュータの歴史をたどれば、建物内の大きな部屋に置かれたメインフレームで業務処理や数値計算などが行われ、そこに繋がれた多くの画面端末から操作するという時代があり、その後、自宅でも使えるパソコンが登場してコンピュータが非常に身近なものとなりました。このときは、メインフレーム、パソコンそれぞれに単独で動くものでした。

その後、それらをネットワークで繋いで処理を分散させたり、データをやり取りするようになり、ついにインターネットの登場によって、あらゆるコンピュータが有線・無線でネットワークに繋がるようになったのです。

そうなると、実際の計算処理やデータは、ブラウザの先にあるサーバーで行われ、パソコンやスマートフォンは、それを見る文字通りの「ウィンドウ」の役割しかありません。クラウドはその延長上に出現した新しいコンピュータ利用環境であり、インターネットの先にコンピュータ群があり、それらが様々な処理を行ってユーザーにサービスを提供します。

2.2 クラウドの3つのタイプ:SaaS、PaaS、IaaS

クラウドとして提供されるサービスの主要なものとしては、以下の3つがあります。

■SaaS(Software as a Service):
旧来パッケージ製品としてPCにインストールして使っていたソフトウェアをインターネット経由で利用できるようにしたもの。

■PaaS(Platform as a Service):
ソフトウェアを動作させるプラットフォーム(ネットワーク、サーバー、OS、ミドルウェアなど)が使えるようなサービスとして提供され、その中でシステム開発を行うことができる環境。

■IaaS(Infrastructure as a Service)
サーバー、ディスク、CPU、メモリなどのコンピュータハードウェアなどのインフラを利用できるサービス。

クラウドには、システムの構築や運用の形態の違いから「パブリッククラウド」と「プライベートクラウド」の2つのタイプがあります。パブリッククラウドは、利用する環境を用意し、それを一つの商品としてサービスを不特定多数が利用できるようにしたものです。一方、プライベートクラウドは、企業内に専用の環境を構築して、自社独自のサービスを提供するものです。

プライベートクラウドには、自社に固有な業務に合わせたサービスや処理を行わせることができるというメリットがありますが、自社で構築・運営するだけの技術や投資が必要なので、比較的大きな組織での採用が考えられます。

パブリッククラウドは、導入コストの低減、保守・運用の省力化、必要に応じていつでもサービス利用を開始・追加・終了できるなどのメリットがありますが、システム環境はサービス提供会社に依存しており、自社で使っているソフトウェア(データベースなど)と互換性がない場合もあるので注意も必要です。パブリッククラウドのPaaSの有名なサービスには、「AWS(Amazon Web Service)」「Microsoft Azure」「Google App Engine(Google Cloud)」があります。

このようなプラットフォームを使うことにより、これまで大きな企業や組織にしか行えなかったことでも、簡単に手に入るコンピューティング環境上で実現できるようになります。クラウド上でアプリケーションを構築して新しいサービスを提供し、ビジネス展開することが誰にでも可能になったのです。

3. アプリケーション提供の新しい形

レガシーシステムの刷新には、前述のように、ソフトウェアの更新作業があります。ここでは、まずソフトウェアの移行パターン、そしてその選択肢の一つでもあり、また今後のサービス提供形態として重要な「REST API」について説明します。

3.1 既存ソフトウェアの移行パターン

「2025年の崖」問題の発端となったSAP ERP製品の保守終了への対策としては、以下の選択肢が考えられます。

  • 後継製品のSAP S/4HANA(クラウド版もある)を使う
  • 他社ERP製品に乗り換える
  • 自社でERPシステムを開発する

いずれにしてもシステムの更新が必要ですが、どのパターンを選ぶかは、製品自体のコスト、データ移行のコスト、自社のエンジニアのスキルレベルなどを考慮して総合的に判断する必要があるでしょう。

システムに強い会社であれば、新しい技術を積極的に採用して、これを契機に新しいアーキテクチャに基づいた新システムを構築するのも一つの手かもしれません。

3.2 REST APIを使ったサービスの提供

今やインターネットのWeb環境ですべてのシステムが繋がる時代になりました。クラウドが広まる前から既に、ネットワークに繋がったサーバーに処理を依頼して結果を得る方式が「Webサービス」として存在し、様々なサービスが提供されるようになっていました。それを実現する方式として、2000年代にはSOAP、WSDLと言った仕様をベースとしたプロトコルが使われていましたが、今では、「REST API」を使った方式がほとんどです。

「REST API(RESTful API)」とは、URLでデータなどのリソース(処理対象)を指定して、それに対する操作を「作成(POST)」「取得(GET)」「更新(PUT)」「削除(DELETE)」などの指示方式で行うという考え方です。

操作の依頼を受けてサーバーで処理を行う業務処理ソフトウェアは、Webサーバーに配置(デプロイ)されます。

図1. REST APIによるサービス提供

企業内でそれらのAPIを使うこともできますし、顧客向けのサービスとして外部に公開してビジネス展開することもできます。

REST APIは技術の仕組みに過ぎないため、誰がどのようなシステムを作っても提供できるものです。そのため、あらゆる業種でWebでの簡便なサービス提供方式として採用されています。

例えば、銀行間の国際金融取引のネットワークシステムであるSWIFT(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)は、REST APIでサービスを提供しており、日本国内の金融機関がいくつか参加した実証実験なども行われています。

REST APIを使ったシステムによって、銀行は送金時の人手による目視確認などの作業から解放され、送金処理が自動化できます。また、複数の金融機関を経由するチェーン状の海外送金時にも、これまでのように個別の組織間での送金情報を一つ一つたどらなくても、今どこまで送金が進んでいるかも瞬時に確認することができるようになります。正にDXの目指す業務プロセスの変革がクラウド/REST APIで実現される可能性を示唆する例と言えるでしょう。

また、そのような大規模システムでなくとも、これまでPCにインストールして使っていたようなパッケージ製品もクラウド化と共にREST APIを公開して独自のシステムをプログラムできるような環境を提供するなど、ソフトウェア製品のクラウド化、REST API公開の動きがあらゆる分野で進んでいます。

このような時流を捉え、新しいサービスをクラウドで提供できるようにしておくことは今後のビジネス展開を考える上で重要なポイントになります。

4. データサイエンス~AIがもたらす新しいビジネスの景色~

企業に蓄積されたデータは、経営計画や事業計画の基礎となる情報であり非常に重要です。また、日々の企業活動の中で、ネットワークに接続された機器、Web、センサーなどを通じて顧客関連データ、計測データなど大量のデータを取得できるようになりました。

これらの情報は、内部の企業経営に役立つだけではなく、外部に向けたサービスの向上や、新サービスの立案などに重要なものでもあり、それを如何に使いこなせるかがDXの成否を左右します。そして、そのようなデータから知見を得てビジネスに役立てるため理論・技術が「データサイエンス」です。

4.1 データサイエンスを構成する技術群

「データサイエンス(Data Science)」とは、プログラミングなどの一般の情報工学、数学の一分野である統計学、そして、機械学習やディープラーニングなどのAIを含む情報科学などの理論やその実装アプリケーションを掛け合わせて使い、企業活動を支えるための技術の総称です。

図2. データサイエンスを構成する理論・技術

例えば、データサイエンスの有名な事例として、米国のある小売店で「紙おむつを買う人の中にビールも買って帰る人が多い」という消費者の購買動向がつかめたという話があります。

これは、店舗の購買データを分析した結果から明らかになったものですが、その要因は、父親が仕事帰りに子供の紙おむつを買うよう頼まれると一緒に自分用のビールも買って帰るからではないかと理由付けられたようです。このように、一見無関係に思える商品でも、その同時購入傾向が分かれば、例えばベビー用品のコーナーと飲料コーナーを近くするなどの配置計画などに役立つでしょう(さらに言えば、それらの間におつまみなどのスナックコーナーを置くというアイデアもあるかもしれません)。

このような分析法は、「アソシエーション分析」と呼ばれます。これは、支持度(Support)、確信度(Confidence)、リフト値(Lift)という指標を出すことによって、「○○という条件があるときに△△という事象がおこる」ルールの有効性を証明しようというもので、一般的に、リフト値が1以上だとそのルールが有効だとみなされます。

このような分析を行った結果は販売促進に役立てることができますが、例えば、これをECサイトに応用して、「この商品を買っている人は、以下の商品も買っています」というようなおススメ情報を表示することによって、購買を促すこともできます。

この分析の精度を高めるためには分析対象となるデータが多いほど良いわけですが、実店舗であればPOSデータを活用することができるでしょうし、ECサイトでは、購買ログを使うことができるでしょう。

4.2 AIなどのビジネスへの応用

ニュースでコロナ感染の予想をAIで行ったという大学研究者の報告を見聞きすることがありますが、医療分野での活用、株価予測などの金融分野での活用、プラントなどでは設備機器の故障診断に役立てられてるなど、AIは、私たちの周りで使われる普通の技術になりつつあります。

AIは、企業内での活用、対外的サービスへの適用などDXによる企業活動の変換には必須のアイテムと言えます。

AIをどのように活用するかのイメージを掴んでいただくために、以下にAI利用事例のいくつかを示します。

■需要予測
統計学の移動平均法、指数平滑法、回帰分析などを使って、商品の売れ行き、店舗への来客数などを予測します。例えば、回帰分析であれば、店舗への来客数(目的変数)を複数の要因(説明変数)を使って式を作り、特定の状況になったときの結果を予測するというものです。これは一般的な統計処理なのでExcelを使って手作業で行うこともできるものではありますが、ビジネスで使うときには統計アプリケーションなどを使うことになるでしょう。

■画像解析
画像解析と言えば、顔認証技術を使って、人の入退出管理を行うことを思い浮かべると思いますが、それだけではありません。画像から形状を認識し、流れてくる製品や農産物から不良品を検出するなど、品質向上のための工程として使うこともできます。

■音声解析
コールセンターなどで、不特定多数の人と声だけでやり取りする場合、クレームへの対応は重要です。そこで、これまでに蓄えられた音声データ(よく流れてくる「今後のサービス向上のために通話を録音させていただきます」という事前確認を取った上で保存されるやり取り音声データ)を分析することによって、声の「抑揚」「大きさ」「高さ」から人間の喜怒哀楽を判定し、クレームが大きくなる前に何等かの対処を取るなどの対策を打てるようにします。

■テキスト解析
問合せ窓口に届くメール、アンケートなど企業内に蓄積された顧客の声やSNSなどから収集した製品やサービスの評判、コールセンダーの対応をテキスト化(音声からテキストへの変換技術も必要)したものをテキストマイニングの手法で分析し、業務改善に役立てたり、事前にトラブルを回避することができます。

■故障予測
工場の機械から得られる計測データを蓄積して機械学習させ、劣化や故障を事前に予測・察知することによって、適切なメンテナンスを実施しシステムダウンを回避することができます。

そこに大量のデータがあれば、このようなAIの利用法のアイデアは尽きません。

様々な経営データを十分に高次活用し、AIを使った分析で他社との差別化を図ることができれば、企業のビジネス価値が大いに増すことでしょう。自社の経営分析だけではなく、そのサービスをSaaSとしてサブスク提供することができるかもしれません。

他の企業がまだ考えていないような新しいアイデアを実現すれば、それは大きなビジネスチャンスになります。そのためには、AIを含むデータサイエンスを駆使して業務変革や新しいサービスを創出することのできるデータサイエンティストなどIT人材の育成も必要です。

まとめ

今回まで主に技術側から見たDXについて説明しました。一口にDXと言っても、その技術的実装の取り組みには様々な技術が関係しており、しっかりとした目標を立てて企画・設計を行わなければなりません。また、その前提として、ITの新動向に絶えずアンテナを張り巡らし、それを取り入れるだけの技術者のスキル向上も必要です。

ところで、DXは企業自体の変革を実現するためのものです。それには、技術的実装がそこにあるだけではなく、そもそもそのようなシステムをなぜ作ったのか、それを使って何がしたいのか、という組織運営の観点での経営側の視点・判断も重要です。

次回は、DXの経営的な側面として考慮しなければならない点について取り上げます。どうぞお楽しみに。