マーケティング コラムDX

DX特集④:経営をDXする~組織のデジタライゼーション~

DX
2023.02.14

目次

はじめに

このコラムも四回目となりましたが、これまでは主に技術的観点からDXを語ってきました。しかし、“DX”というジャンルの技術があるわけではなく、その時々の最新技術をツールとして使いビジネスを発展させるのがDXです。そして「ビジネス」となれば、当然そこには経営的視点が必須です。

そこで今回は、DXを推進する際の経営的側面に焦点を当て、経営者がどのようにDXのビジョンを語り、戦略を練り、そして実行に移すべきか考えます。

1. 経営者がDXで果たす役割

本連載コラム第一回記事の6章の最後の部分で、『DXの成功企業は、「ビジョナリー(Visionary:しっかりとしたビジョンを持つ先見の明のある人)」としての感覚を持ち合わせた経営者・経営陣の下、常にITの最新動向を取り込みながら変幻自在にその姿を変えることができる』と書きました。

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そうです、ビジョンがDXの第一の鍵となります。そして、その実現を支えるのはIT技術者ですが、ビジョンを語り、牽引するのは企業の経営者・経営陣の仕事です。

「RPAを導入したから我が社は立派なDX実践企業だ」「AIを使えばいいんじゃないか?」などと、方法論(How)に終始しているだけではDXとは言えません。最新技術を導入して、「何を実現したいのか?」「どのようなサービスを提供したいのか?」「その結果企業がどう変わるのか?」などの将来の企業像(What)をロードマップと共に描くことがDX推進プロジェクトの出発点です。

「何を実現したいのか?」つまりビジョンがなければ、企業の変革は実現できませんし、業界の構造が徐々に、あるいは劇的に変化を遂げた場合、その動きについて行けなくなっている可能性があります。

では、DXについて喧伝されている情報に右往左往することなく、企業がしっかりとDX化を進めるにはどのように行えば良いのか経営的視点で考えて行きましょう。

2. ビジョンの明確化:ドラッカーの言葉にヒントを得る

経営者のDXへの関わり方について考えるにあたって、経営学者P.F.ドラッカーの言葉をここで2つ挙げてみたいと思います。

『企業の目的が顧客の創造であることから、企業には二つの基本的な機能が存在する。すなわち、マーケティングとイノベーションである。』
(「現代の経営」(1954年)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)

この言葉は、顧客を主眼においた新サービスの創出、そして、それを実現するイノベーション(変革)を説くものです。まさにDXの目指すところを経営の視点からずばり言い当てた言葉と捉えることができます。

『意思決定においては、決定の目的は何か、達成すべき目標は何か、満足させるべき必要条件は何かを明らかにしなければならない。』
(「経営者の条件」(1966年)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイモンド社)

この言葉は、経営者がビジョンを語るとき、そしてそのビジョンに基づく意思決定を行うときに、社員や顧客を含む関係者(ステークホルダー)に、決定の根拠となるビジョンを明確に伝える必要があることを説いています。経営者のビジョンが明確に伝わらなければ組織の変革、顧客の獲得は望めないでしょう。「対話(コミュニケーション)」の大切さを示す言葉でもあります 。

ここから、「ビジョン」「意思決定」「分析」「計画」「コミュニケーション」などのプロセスを経て「イノベーション」を起こし「マーケティング」によってそれを社会に広げて行くことが経営にとって重要な活動であるということが分かります。これらは、いずれもDXを推進するためにも必要な要素です。

このように、AI、IoTなど現在のテクノロジー隆盛以前に語られたドラッカーの経営論の言葉が今でも通じ、DXにも適用できるということは、経営のあり方そのものを各時代の環境に合わせて実現するのがDXだと言えるのかもしれません。

3. ビジョンの伝え方:コミュニケーションの重要性

ビジョンを浸透させるのが経営者の仕事だとすると、それは上位下達(トップダウン)という形を取るかもしれません。確かに伝達経路としてはそうかもしれませんが、単に「社長が言っているのだからやるしかないか」というスタンスではDXは進みません。社員一人一人がDX的マインドセットを持ち、ある意味で自主的に行動に移すことができる文化を醸成させること、これがDX企業の特徴です。ビジョンを語るのは経営者ですが、それを形にするのは従業員一人一人だからです。

3.1 DXを他人任せにしない

では、ここで質問です。次の2つの文は正しいでしょうか、間違いでしょうか。

  • DXを成功させるためにCDO(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者)の役職を新設し、データサイエンティストを任命したのでDXはその人に任せればよい。
  • これまでのシステム開発と同様、専門家チームでDX戦略を立てれば、後はシステム開発部署へ指示を出したり、外部のシステム会社に発注し、我が社はその結果をチェックするだけで良い

これらはいずれも間違いです。DXは、他人任せにするものではなく、デジタライゼーション、業務改革、新たな価値創出について一人一人のマインドセットを醸成し、互いに触発し合いながら、言わばアメーバのように組織の形を変えて行くものだからです。誰かにお任せというスタンスでは、「箱もの」としてのシステムがそこに出来上がるだけで、それらはブラックボックス化し、やがて使われなく(使えなく)なってしまうことでしょう。

一方、DXの思想で構築されたシステムは、ビジョンに基づく「アイデア」を具現化したものなので、使う技術はその時々で変わるかもしれませんが、その設計思想は生き残ります。もちろん新しい技術への移行には技術者の助けが必要ですが、形は変われども目標がはっきりしているシステムは生き物のように成長して行くことができるのです。

3.2 経営者はマインドセットを醸成するためのインフルエンサー

経営者が技術に明るい人であれば、自らサービスを創出することもできるでしょう。しかし大抵の場合はそうではありません。そのような場合、経営者は技術的なアイデアを誰かに出してもらわなければなりません。しかし、そのような体制を作るのは、やはり経営者の仕事です。

そして、自分あるいは依頼した誰かが作ったアイデア(発想)を企業の内外に広めるのも経営者です。その時々の「技術」に「アイデア(発想)」という息を吹き込むことによって「新たな価値」が生み出されるのです。

アイデアを共有する当事者として、社内では、役員会、経営企画部門、IT部門、事業部門などを挙げることができますが、さらに業務改革の対象としては、人事部門、総務部門も含まれることでしょう。さらに情報発信する対象としては、もちろんサービスを提供する顧客、企業を支える株主、投資家、金融機関なども含まれます。

最近よく耳にする「インフルエンサー」とは、その発言や行動が世間に大きな影響力を持つ人のことを指しますが、経営者は、その企業の未来を担うDX計画についてストーリー仕立てで語ることができる、言わばDXのインフルエンサーでなければなりません。ストーリーの骨組みは次のようなものとなるでしょう。

序章:まずは経営者がDXのビジョンを立て、それを社内のマインドセットを醸成する目的で社内に流布します。
第二章:経営者のビジョンを伝達された各部署、各人が議論を重ね、ビジョン実現のための計画を立てます。
第三章:計画を実現し実施します。その時点で、社内の業務には変革が起こり、新たなサービスを顧客向けに提供していることでしょう。
第四章:実施した DX およびその成果として創出した新たなサービスを外部に向けて宣伝します(マーケティング)。これによって、顧客を獲得し、価値を創出する提携企業を募り、金融機関や個人からの投資を呼び込む環境が整います。

これらのストーリーに基づいて、人材や顧客(ヒト)、製品やサービス(モノ)、資金や利益(カネ)が企業に集まり、ビジネスも発展を遂げます。そして、さらにDX化が進展するという好循環が起こるよう期待したいものです。

4. 企業の文化を変える

再びドラッカーの登場ですが、『企業文化は戦略に勝る』という言葉をドラッカーが語ったと言われています。これは伝聞によるもので、彼の著作のどこかに出ているものではないため、ドラッカー自身の言葉かどうか不確かな部分もあるようですが、いずれにしても、「企業文化」が組織を動かす重要な要素であるという点だけは間違いありません。そして、そのような企業文化をデジタル思考で創り上げ、業務を変革し、顧客にとって魅力的な新サービスを創出する、これは「組織のデジタライゼーション(デジタル化)」と言えます。

それを実現に導くのは経営者であり、経営者は己のビジョンを組織に浸透させなければなりません。そのためには上意下達ではなく、「対話(コミュニケーション)」が大事です。社員が社長(経営者)の志(ビジョン)に共感するような仕方で話し、訴え、行動を促すのです。そのためには、行動へ駆り立てる動機付けを与える必要があります。そして、自律的に社員が仲間と議論を重ね、業務変革に取り組めるような土壌を文化として組織に根付かせる必要があります。

技術面でのDXは、コンピュータ、アプリケーション、システムの話でしたが、経営的側面でのDXでは、そこに「人」が加わります。

業務プロセスの変革は、ツールとしてのコンピュータ技術が支えていますが、そこから価値を生み出し、新サービスを生み出し、それを社会に広めるのは「人」なのです。社員一人一人が新しいツールやプロセスを使って何を生み出してやろうという気概を持つこと、それが企業の文化であり、そのような「人」を含めた企業文化の変革がDXを成功させる原動力となるのです。

5.政府のDX推進施策

DXは、激変するIT環境の中で多くの企業が生き残るために必要な方策です。日本でDXが大きな話題となったのが経済産業省の一連のレポートであったということは本連載コラム第一回の記事で紹介しましたが、もちろん経済産業省は、日本の企業がDXの大きなうねりの中で競争力を維持し、生き残ることを意識して、そのような課題を提起したのですから、それへの取り組みにも積極的に関わってきました。

DXの起爆剤となるようなデジタルディスラプションは決して官主導で行うようなものではないとは言え、政府としては、国内の企業全体の底上げを行い、DX化の波に乗り遅れないようにすること、そして、世界のIT化の動きを牽引するような先進企業の出現も期待していることでしょう。目指しているのは「組織のデジタライゼーション(デジタル化)」と言えるでしょう。

その中で経済産業省は企業のDX化を後押しするために、DX推進に向けた経営ビジョンの策定・公表など経営者が実践すべき事柄を「デジタルガバナンス・コード」として2020年11月9日に策定し、その改訂版を2022年9月13日に「デジタルガバナンス・コード2.0」として公表しています。

この構想の中で、デジタルガバナンス・コードに従ってDX化を進めるよう促す施策を講じ、DX未着手の企業には「DX推進指標」を提示してDXへの取り組みを自己診断できるようにしています。

出典:経済産業省の資料より

では、「デジタルガバナンス・コード2.0」「DX推進指標」それぞれについて以下に説明しましょう。

5.1 デジタルガバナンス・コード2.0

DX推進に向けた経営ビジョンの策定・公表など経営者が実践すべき事項としてまとめられた「デジタルガバナンス・コード」は、以下のように大きく4つの柱から成り立っています。

項目説明
1.ビジョン・ビジネスモデル「経営ビジョンの策定」「ビジネスモデルの設計」によって「価値創造ストーリー」を作って、ステークホルダーに提示
2.戦略「デジタル技術を活用する戦略の策定」を行い、ステークホルダーに提示
2-1.組織づくり・⼈材・企業⽂化に関する⽅策「戦略の推進に必要な体制の構築」「人材の育成・確保」「外部組織との関係構築・協業」を行って、組織設計・運営の在り方をステークホルダーに提示
2-2.IT システム・デジタル技術活⽤環境の整備に関する⽅策「IT システム・デジタル技術活用環境の整備に向けたプロジェクト」「技術・標準・アーキテクチャ、運用、投資計画」をステークホルダーに提示
3.成果と重要な成果指標「戦略の達成度を測る指標」を定め、それに基づく自己評価をステークホルダーに提示
4.ガバナンスシステムリーダーシップを発揮(ステークホルダーへの情報発信を含む)。
デジタル技術に係る動向や自社のIT システムの現状を踏まえた課題の把握・分析の結果を戦略見直しに反映

これらを見ると、経営者(経営陣)は、やはり最初に自組織のDXを牽引するためにビジョンを持つ必要があることが分かります。そして、それを組織内に広め、影響を与え、実践するためのリーダーシップを取ることが求められるのです。

また、「デジタルガバナンス・コード2.0」には、経営者による「ステークホルダーとの対話」が随所に挙げられていますが、資料中で「ステークホルダーという用語は、顧客、投資家、金融機関、エンジニア等の人材、取引先、システム・データ連携による価値協創するパートナー、地域社会等を含む。」と説明されているように、そのような対話(コミュニケーション)には、組織内だけではなく組織外への情報発信も含まれます。

「デジタルガバナンス・コード2.0」では、持続的な企業価値の向上を図るための重点項目として、以下の4点を挙げています。

(「デジタルガバナンス・コード2.0」1ページ目の内容から抜粋)
ITシステムとビジネスを一体的に捉え、新たな価値創造に向けた戦略を描いていくこと
デジタルの力を、効率化・省力化を目指したITによる既存ビジネスの改善にとどまらず、新たな収益につながる既存ビジネスの付加価値向上や新規デジタルビジネスの創出に振り向けること
ビジネスの持続性確保のため、ITシステムについて技術的負債となることを防ぎ、計画的なパフォーマンス向上を図っていくこと
必要な変革を行うため、IT部門、DX部門、事業部門、経営企画部門など組織横断的に取り組むこと

これらを見ると、ITシステムとビジネスの融合がDXに必要であることが分かるでしょう。

5.2 DX推進指標

経済産業省は、2019年7月に「デジタル経営改革のための評価指標(「DX推進指標」)」を取りまとめ、その説明資料として「「DX推進指標」とそのガイダンス」を公開しました。これによって、企業は、DXへの取り組み状況についての自己診断が可能になります。その結果を見ることによって、経営者、事業部門、IT部門などの関係者の間でDXに関する気付きが得られ、さらなる取り組み方策を練る根拠となります。

「DX推進指標」には定性指標項目が35項目ありますが、このうち9つは、キークエスチョンとして、経営者自らがその現状と課題を認識するために経営者が自ら回答すべき指標となっています。

出典:経済産業省『「DX推進指標」とそのガイダンス』の『図2「DX推進指標」の構成』

9つのキークエスチョンは以下のようなものです。(※『「DX推進指標」とそのガイダンス』の内容を編集)

■DX推進のための経営のあり方、仕組みに関する指標
「DX推進の枠組み」(定性指標)

【1】ビジョンの共有
「データとデジタル技術を使って、変化に迅速に対応しつつ、顧客視点でどのような価値を創出するのか、社内外でビジョンを共有できているか。」

【2】危機感とビジョン実現の必要性の共有
「将来におけるディスラプションに対する危機感と、なぜビジョンの実現が必要かについて、社内外で共有できているか。」

【3】経営トップのコミットメント
「ビジョンの実現に向けて、ビジネスモデルや業務プロセス、企業文化を変革するために、組織整備、人材・予算の配分、プロジェクト管理や人事評価の見直し等の仕組みが、経営のリーダーシップの下、明確化され、実践されているか。」

【4】マインドセット、企業文化
「挑戦を促し失敗から学ぶプロセスをスピーディーに実行し、継続できる仕組みが構築できているか。」

【5】推進・サポート体制
「DX推進がミッションとなっている部署や人員と、その役割が明確になっているか。また、必要な権限は与えられているか。」

【6】人材育成・確保
「DX推進に必要な人材の育成・確保に向けた取組が行われているか。」

【7】事業への落とし込み
「DXを通じた顧客視点での価値創出に向け、ビジネスモデルや業務プロセス、企業文化の改革に対して、(現場の抵抗を抑えつつ、)経営者自らがリーダーシップを発揮して取り組んでいるか。」

■DXを実現する上で基盤となるITシステムの構築に関する指標
「ITシステム構築の枠組み」(定性指標)

【8】ビジョン実現の基盤としてのITシステムの構築
「ビジョン実現(価値の創出)のためには、既存のITシステムにどのような見直しが必要であるかを認識し、対応策が講じられているか。」

【9】ガバナンス・体制
「ビジョンの実現に向けて、IT投資において、技術的負債を低減しつつ、価値の創出につながる領域へ資金・人材を重点配分できているか。」

これらを見ると、やはり経営者のビジョンが第一にあり、それを浸透させ、企業文化の構築を目指すことがDX推進の要であることが分かります。

まとめ

今回は、経営的側面でのDXとして、経営者が何をなすべきかについて説明しました。第一に「ビジョン」が必要です。そして、それを基に「意思決定」が行われ、実現のための業務の「分析」、実施するための「計画」、それを組織内外に知らしめる「コミュニケーション」が企業のDX化には必要なのです。その結果として、「イノベーション」が起こり、新たなサービス創出へとつながるのです。これらのストーリーを語り、インフルエンサーとして感化を与えるのが経営者なのです。

ところで、DXを実行するのは「人」です。機械やコンピュータではありません。経営的側面でのDXには、「デジタルガバナンス・コード2.0」「DX推進指標」それぞれに取り上げられている「人材育成」も含まれます。そして、そのような人材が企業文化を創り上げてゆくことになります。

次回は、そのような人材育成をどのように行えば良いのかについて考えたいと思います。